なぜ今「NAGAYA TOWER」か?

PHOTO (インドボランティア / 堂園メディカルハウス)

目に見える希望と絆再生の試み

NAGAYA TOWER 大家 堂 園 晴 彦

今から17年前に、堂園メディカルハウスをオープンしました。「病院の中に家庭を」という思いから「ハウス」という言葉を使いました。建物のコンセプトは、「病院らしくない病院」「もう一度行きたいと思える病院」そして「そこで死んでもいいと思える病院」でした。

  当時は珍しかったホスピスですが、毎年100名を超える患者さんを看取り、また癌だけでなく、アトピー・心身症・慢性疲労等の患者さんとの出会いも有りま した。父の後を継いで私も産婦人科医になりましたので、生まれる命にも立ち会いました。1993年からは特別養子縁組にも取り組んできました。患者さんだ けでなく、ご家族の皆様のお役にも立てるようにと心がけて参りました。

 良き医療人の育成のために2002年にNPO法人「風に立つラ イオン」を立ち上げました。インドのマザーテレサの「死を待つ人の家」に医学生などを派遣し、一緒にボランティア研修をしています。最新医療ではなく、何 もない中で「ケアする」のはどういう事かを肌で感じ、命に寄りそう「最愛医療」を体験することが大切だと思ったからです。

 生れた命には必ず終わりがあります。いつの時代も変わらない事実です。しかし、この命の物語が、時代がすすむにつれて「社会的孤立」と「精神的孤独」の中に追いやられてはいないでしょうか。
 このような状況を改善するには、血のつながりに囚われない人間同士の「絆」を再生するしかないと考えました。今の日本には、老若男女、健常者と障害者、乳幼児から学生・老人が一堂に会し、相互扶助のシステムを構築する試みが最も求められていると思います。
 
 今までの施設は、老人は老人施設、障害者は障害者施設、癌末期の人はホスピスと、同じ境遇の人が集合体を作るものが主で、年齢や境遇の異なる老若男女が一体となり相互に助け合う施設はありませんでした。

 あらゆる人々が一つの建物で家族のように住まい・協力し・相互に助け合う、かつて日本のどこにでもあった長屋をタワーで実現したいと思っています。
 言葉だけでなく、目に見える形として夢や希望、絆再生の試みを薩摩の地から世界に向けて発信します。

 

↑トップ